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ニュートリノ 

2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏は、
東大を退官するときが近づきつつあった1987年、
カミオカンデでニュートリノの観測に成功した。

3~400年ぶりの規模の超新星爆発が発生するという、偶然にも恵まれた。
しかし、観測結果に喜ぶこともなく、そのデータが雑音(ノイズ)に
よるものではないことを徹底的に調べ上げるよう指示を出した。
検証を行う間に、他国の調査チームが「ニュートリノを観測した」と発表する。
しかし、観測時間がこちらと違う、正しいのはこっちだと、検証を続け、ついに発表を行う。
やがて他国の調査チームのデータは誤りであったことがわかり、
勝利は小柴博士率いる東大宇宙線研究所のものとなった。

超新星爆発という偶然に恵まれた部分もあった。
しかし、小柴氏は偶然によるものと結論付けられることに反発する姿勢を見せていた。
曰く「その瞬間、みなに平等に降り注いだ。それを捉える準備をしていたかどうかの違いだ」と。

ネットの情報とBS JAPANの「私の履歴書」を見た記憶に頼って書いてるので、違う部分、足りない部分はあろうかと思いますが。

なぜこれを書いたかというと、自分にも当てはまる部分があるんじゃないかなぁと思ったことと、
それを思い出すためのリマインダー的な意味で。

詳しくはかけないのですごくぼんやりと。
本線とは違うところで一時的に良い結果が出たとして、
担当の部署は驕ることなく、謙虚にしておけばいいと思うが、
全体として必要以上に卑下することはないのではないか。
本線があまり良くなかったとしても、それ以外のところで準備していことが活きたのであれば。

ということ。
あとから見て思い出せるだろうか。。
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